やっぱり手遅れ。大好きな秋のそよ風は、冷たく勝敗を告げてくる。


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俺の好きな季節が来た。 秋は涼しいし、空気が澄んできて、夜外で息をしてても気持ちがいい。そんな静けさとは裏腹に、受験業界は熱みを帯びてくる。 そんな秋だが、この業界を見渡した場合毎年出てくるのが、もうすでに手遅れな生徒。

何が手遅れなのか

今の時期、高卒でE判定とかだと、ほぼ間違いなく落ちる。そしてそれが例え現役であっても状況はそう大きくは変わらない。

それは統計上も明らかな話。東大模試とかだと秋の段階で一番下の判定の生徒が実際に合格するのは全国でも数人である。 英語に関して言ってみれば、単語を知らないのは勿論のこと、定着していないから英文も読めないのである。 私は以前だったら、余裕をもって、 『生徒全員合格させるぜおーーーー』 って息巻いていたこともあったが、最近だと、私の多くの生徒はさておき(今年も私は生徒には恵まれている)、それは無理だということも痛感してきた。 理由の一つには本人の怠慢がある。

それでも怠慢で片付けてしまっていいのか?

私は、自分の指導力には自信がある。過去、怠慢な生徒だって、高望みしなければ合格という望みを叶えてきた。 現実には、高望みとはあまりとられない、北海学園や、北星大学などに落ちる生徒も沢山いる中で、である。 方法はシンプルで、単語帳を一冊きちんと仕上げ、(仕上げ方は長くなるのでここでは言わない)、過去問を演習するのである。 怠慢と言われる生徒だってなんとなく大学には入りたいと思っているわけで、少しは勉強したりする。 その勉強の質を上げればよいだけの話だ。 そもそも、勉強の意義も見いだせない10代の若者に、大学に入れと強制する親の気持ちは痛いほどわかるが、子どものほうが納得できないのもまた致し方ない気はする。

そもそもなぜ大学受験をするのか?

そのことをもう一度考えてみようなんてこと、俺は言わない。とりあえず前見て進めばそれでいい。漠然と大学生になりたいだけって思っても、それは別に恥ずかしいことじゃない。 結局大学のことなんてわからないんだから。 できることをして行こう。

少し過去を振り返って

毎年私は難関大学と称される大学に生徒を合格させてきてきた。ここでは名前こそ出さないが。 その喜びもまた一塩だが、高望みしていなくても合格は厳しい、と言われている生徒もなんとかねじ込んできた。 難関大に合格させることも、世間的には偏差値があまり高くないとされる大学に合格させることも、私にとっては同じくらい嬉しいものだ。    

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