通訳案内士③~執念が実を結ぶ。努力は実らせてこそ。


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③ 4度目の一次試験挑戦。

  なんとか三回目で、地理と日本史に合格した私。この第四回でも失敗したらまたあの苦手な地理の繰り返しです。また温泉を100個覚えなければいけません。川の名前も特産物も、山の名前も、名所も旧跡もすべて頭に叩き込まねばなりません。そんなことはご免でした。吐き気がします。国立医学部に何浪もするような浪人生のごとく、出口のない迷宮に取り残されてしまいます。   困った私は、時事系に強い本を一冊仕上げて、なんとか一般教養も合格するに至りました。   社会科全般に関しては上記のとおり私はとても苦手で、今通訳案内士の社会の試験を受けても間違いなく落ちます。   人に、教えられるような技量は持ち合わせていません。   しかし、アドバイスくらいなら、より具台的にできるので、興味のある方はぜひ有料の体験指導をご利用ください。    

④ 東京での挑戦

  四回の札幌での挑戦を経て、初めて私は東京へ、口頭試問へ挑戦する機会を得たのです。通訳案内士の一次試験合格者はとても少ないため、札幌では未だ二次の口頭試問は行われていません。東北でも口頭試問の会場はありません。県によってはその年の合格者は、最終的に0とかもざらにありますし。   東京以南はでは、主要都市にて開催されています。大阪とか、福岡とか。   そんな難易度の試験に対して、私がした勉強はいたってシンプル。   普段通りNHKのニュース7の英語で流れる副音声を聴いて、それにかぶせるように声に出し、さらに英検1級の二次のように、たくさん出そうなトピックに対して英作文をこしらえて、外国人の先生に添削してもらって丸暗記してました。   しかし、忘れもしません。通訳案内士、口頭試問における私にとって最大の試練は、まさしく東京に無事たどり着くことでした。   時期は12月。社会人として、お金を稼がなければいけませんから、今も務めている出先の塾において、月に120コマほど働いている最中でした。仕事に穴をあけるわけにはいきません。   試験は日曜日です。私は日曜日だけ休めていたので、土曜日の夜、飛行機で東京に行くつもりでした。   全て手筈して、準備万端のはずが、そこは北の大地。外はその日に限って猛吹雪。   新千歳空港に行くも飛行機は案の定飛ばず。   私は今は無きスカイマートでたった一席だけ残っていた座席に予約を変更して、試験日に東京に行くことにしました。   そのときすでに私の頭の中にあったのは、   「試験が難しかったらどうしよう」   ではなく   「試験会場につかなかったらどうしよう。」   に変わっていました。   この状況においても、やはり、口頭試問に落ちては、また次の年地理を受けねばなりません。それは本当に避けたい事態でした。   途中電車を間違えたりして、なんとか試験会場にたどり着いた私。   そのはずが開口一番   「遅れてきた受験者の方ですね?」   の一言。   「何言ってるんだ?こいつ?バカか。」   きちんと間に合ったことを再確認していた私は、きちんとその場で間に合っている旨伝えました。   「あーそうでした。そうでした。すいません。」   向こうは俺が苦労してたどり着いたことなど知る由もなし。   「トイレは先に済ませてくださいね」   とも付け加えられました。   通訳の口頭試問を受ける方には注意ですが、一度待機室に入るとトイレには非常に行きにくくなるので、早めに済ませた方が良いです。   本当に一度待機室に入ると、大の大人に対して、おじさん試験官がついてくるって事態になりますからね。もちろん女性の場合は女性がついてくるんでしょうけど、とにかくトイレには行きにくいです。どこまでついてくるのかはわかりませんが。   ほんと、これ本当の話です。   携帯電話は使用できない。電源をお切りくださいなどの注意事項などを受けた後、ほどなくして私の移動の順番が回ってきました。   試験会場は一方通行。   待合室から、さらに試験室まで連れられて、試験室の前で待機させられます。   しかし当時の私は、英語には自信がありましたし、普段から、そもそも私は英語の試験において難易度が高いことなど、最初から恐れてませんでした。みな同じ試験を受けるんですし。 それよりも、とりあえず試験会場に無事つけたことにほっとしていたので、大して緊張もしていませんでした。 “Please come in.” とてもきれいな発音でそういわれた私は、おそらく私が今まで会ってきた中で最も英語ができるであろう、年配の日本人の試験監督と、外国人との対話に臨みました。   まずは無事に着いたことを伝え、昨日ついたんですか?と言われ、本日つきましたと訂正し、   「私の人生においてもっとも大事な試験です。」   とも伝えました。   そこから質疑応答に入り、   日本を根幹から支えることは何か?   と問われて   「民主主義です」   と即答しましたね。     そして、大学の講師が、   「昔は選挙権、1票を手に入れるために、血を流して戦ったんだ。だから君たちは一票を大切にしてほしい」と言っていたこと。   それでも投票率が低いのでは?と言われたことに対して、   「マスコミが悪いところばかりを誇張していて、時に政治家の弱点だけを報道しているからです」   的な意見を述べました。   かなり待たされた挙句、普通は10分くらいかかる試験が、私の場合3分ほどですんなり終わったので、これは受かったと思いましたね。 そんな普通は10分くらいかかる試験なのに3分しか見ないで落とすとかもしあったら酷過ぎるでしょう。   情報漏えいの観点から、すべての受験者が終わるまで帰してもらえず、しかも、好きな音楽すら聞けないという中、合格を確信して、ただ東京の外れの夕闇をぼんやりと眺めていましたね。   「今までの苦しかった俺の英語学習にもこれで1つの区切りがついたんだなぁ。この瞬間の事は生涯忘れないだろうなぁ」   としみじみと感傷に浸っていました。   結局自作したプリントは全て外れてしまい、役に立ったのは、毎日続けてきたニュース7のシャドーイングでした。なまった日本人の英語も多く放送されるNHKニュース7。   社会科の勉強に時間を取れなくなるくらいがんばって続けてきた英語の学習。最後に物を言ったのは私が継続していた英語の訓練であり、日本国憲法にもあります、不断の努力です。不断の努力が実を結んだのでした。   三か月後無事合格証書が送られて、私は今でもそれを大事にしています。

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